第1回:『息子の代わりに』
福岡県在住Hさん(42歳女性)
セミの声が至るところで鳴り響く7月のある真夏日。
私たち家族は新しい家に引越しをしました。
息子は小学2年生(8歳)で、やっと学校生活にも慣れてきたときです。
新しい小学校に転校することになり、友達ができるかどうか不安だった
ようです。
しかし、引っ越して一番にできた友達は、家の裏山の大きな木につながれた、
一匹の小さな子犬でした。
日本犬ですが、どこか外来種の混ざったような凛々しい顔立ちをした雑種犬。
見た感じでは、まだ生まれて半年も経っていない様子でした。
特に飼い主もいないようで、登下校中の子供たちがえさをやっていました。
息子は人通りが少なくなった夕方頃に、いつも裏山に出かけてはえさを
やっていました。
その後一週間が経っても子犬は木につながれたまま。
ついに、息子は「家であの子犬を飼いたい」と言ってきました。
「散歩も毎日行くし、世話も自分がするけん、お願い!飼ってよかろう?」
幸い小さな庭があったので、そこに犬小屋を置き飼うことにしました。
「名前は何にする?」「小さいけん、チビ。」
それから息子は、散歩へ行ったり、一緒にサッカーをしたりして、
毎日のようにチビと仲良く遊んでいました。
私がたまに息子を叱って外に追い出した時なんかには、
チビの小屋で一緒に寄り添って慰めてもらっていたようです。
また、私たちは共働きだったので、二人の帰りが遅くなるときは、
それまでチビの隣で過ごしていました。
チビは雑種だったためか非常に賢く、教えることをどんどん覚えていきました。
庭では絶対に排泄せず、ひもを放しても数時間経つと必ず家に戻ってきます。
だから、当時は散歩に行けない日があれば、一定の時間くさりを放して
あげることもありました。
でも、決まって2時間後くらいには家に戻ってくるのです。
(※当時はまだ放し飼いも多く、社会の規制もほとんどなかった。)
それから月日は経ち、息子は大学生となり、地元を離れることになりました。
チビとも4年間離れて過ごすことになるが、
「年に数回は帰って来るから、チビ元気でね。」
ところが、その年のある真夏日の早朝、一本の電話が鳴り響きました。
「息子さんかどうか確認しに来てください」
息子の下宿先の近くにある救急病院からでした。
なんと、バイク事故に遭って意識不明の重体だといいます。
助かるかどうか分からないので、本人確認に来てください、と。
私は、全身の力が抜け、何が何だか分からなくなりました。
息子はそれからおよそ1週間後に意識を取り戻し、
問いかけに反応が見られました。
無事、命は助かったのです。
それからはリハビリの日々。
まだ若かったこともあり、順調に回復していきました。
先生からは、
「あの事故当初の状態から助かってここまで回復するのは、
1万人に1人くらいの確率だよ。」
と言われました。
みなさんの献身もあり、本当に運がよかったんだな、と感じました。
先生や看護師のみなさんには本当に感謝しています。
実は、息子が事故にあうちょうど1ヶ月前、
チビは家の前でトラックにはねられて亡くなっていました。
その日は家族みんなで出かけており、家には居ませんでした。
ちょうどその間に、チビのくさりが外れてしまっていたのです。
目撃者の話では、犬の悲鳴がしたから外へ出てみると、道の真ん中で犬が
トラックにはねられ、トラックはそのまま逃げていったそうです。
チビは拾った犬なので、年齢は正確には分かりませんでしたが、
およそ12〜13歳だっただろう思います。
人間でいうと70歳くらいになっていました。
チビは事故当時、息子と同じ頭部に大きな傷を負い、それが致命傷となって
即死だったようです。
もちろん、息子の命が助かったのは、素晴らしい先生方や看護師のみなさんに
巡り会え、懸命の治療にあたって下さったからです。
また、周囲のあたたかく心強い応援があったからこそだと思っています。
そしてまた、もしかしたらチビが助けてくれたのではないかとも感じるのです。
可愛がっていた犬が自分の命と引き換えに、飼い主の命を助けることが
よくあるといいますが、息子と同じ箇所に致命傷を受けて亡くなったチビは、
息子の命を助けるためにあえて事前に自分の命を差し出していたのではないか
と思えてきます。
ただの偶然に過ぎないのでしょうが、そう思えて仕方ありません。
当時息子がチビを拾っていなければ、チビは保健所かどこかに連れて
行かれて殺処分されていたかもしれません。
チビと過ごしたおよそ12年間の思い出は一生忘れません。
いまでは、屋外で飼っていたチビのことを考えると、やっぱり犬は室内で
飼うのが理想的だと思います。
近年はペットに対するみんなの意識も高まってきており、正しい知識を身に
つけて犬と生活するべきだと考えるようになりました。
現在わが家では、家の中で犬と生活しています。
ちょうどチビが亡くなる前にもらってきた女の子です。
犬とくらすというのはとても素晴らしいものです。
今では、犬のいない生活など私たちには考えられません。
息子の命を救ってくれた愛情あふれる動物だからです。 |